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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)607号 判決

控訴人 工藤喜一郎

被控訴人 山岡泰一 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴人は、被控訴人山岡泰一に対し金五万円、その余の被控訴人に対しこれを共同権利者として金五万円、の各担保を供するときは、それぞれ原判決関係部分の仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに控訴人敗訴の場合には仮執行免脱の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「(一)西野憲太郎が昭和三十年四月二十九日死亡し被控訴人山岡を除くその余の被控訴人らがその相続をなし、よつて本件土地の所有権を取得したことは認める。(二)控訴人は、本件土地をその地上権者である埼玉県海軍統制工業統制組合又は株式会社海統鉄工所から賃借しているものである。右地上権は、工作物又は竹木の所有を目的とするものであるが、これに附随して右土地を農耕の用に供することもまた右目的の範囲内に含まれていたものであるが、少くとも含まるべきものである。仮にそうでないとしても、被控訴人山岡並びに被控訴人西野ら先代西野憲太郎(以下単に被控訴人という。)は、昭和二十二年頃から右土地が農耕の用に供されていたことを知りながら、異議を述べずに地代を領収していたのであるから、このことによつて、さきの地上権設定契約は昭和二十二年頃合意解除せられ、同時に同一当事者間に農耕目的の賃貸借契約が成立したものというべく、控訴人は、右賃借権者から賃貸人である被控訴人らの同意を得て、これを転借したものである。しかして、右土地は現実に農地として耕作されていたものであるから、株式会社海統鉄工所と被控訴人らとの間の右地上権設定契約又は賃貸借契約が昭和二十四年頃合意解除されたとしても、右につき所轄県知事の許可がない以上、右合意解除は無効であり、地上権ないしは賃借権は現に存続しているものである。(三)仮にそうでないとしても、株式会社海統鉄工所は、被控訴人らとの間に昭和二十二年三月頃右地上権設定契約の合意解除をすると共に、新たに本件土地を控訴人に期限の定なく賃借耕作せしめ、その賃料は公定賃料とする旨の第三者のためにする契約を締結し、その頃、控訴人は、被控訴人らに対し受益の意思表示をしたから、控訴人は、これにより本件土地の賃借権を取得した。(四)仮にそうでないとしても、控訴人は、西野憲太郎とは昭和二十四年初頃、被控訴人山岡泰一とは同年春頃、本件土地に関する地上権設定契約が合意解除された時から本件土地を農耕の目的で賃借する旨の契約を締結した。(五)仮に以上の主張がすべて理由がないとしても、控訴人は、昭和二十年以降本件土地を占有中、本件土地を開墾するため原判決添附計算書記載のとおりの費用を支出し、他面その占有は、少くとも株式会社海統鉄工所との使用貸借に基き始められたものであるから、不法行為によつて始つたものということはできない。従つて控訴人は、被控訴人らに対し本件土地に関する改良費償還請求権を有するものであり、これが弁済を受けるまで本件土地に対する留置権を主張する。仮に控訴人が、株式会社海統鉄工所と被控訴人らとの間の本件土地についての地上権設定契約の合意解除により本件土地についての占有権原を失つたとしても、少くとも右合意解除前である昭和二十年以降昭和二十三年までに支出した費用についてはその償還を請求しうべく、控訴人は、その弁済あるまで本件土地につき留置権を行使することができるのであるから、右留置権の存在することは右合意解除後の占有の違法性を阻却し、合意解除後の費用の償還請求権についても留置権を主張することができることになる。」と述べ、被控訴代理人において、「控訴人の右(二)ないし(五)の主張事実中、被控訴人らの従来の主張に反する部分を否認する。」と述べた外、原判決事実摘示の記載(添附目録、図面、計算書をふくむ)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一ないし第七号証を提出し、原審証人矢田部彦一、鈴木正治、田中富士男の各証言を援用し、乙第三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし第七号証、第十、第十一号証の成立を認める、乙第二号証の証明部分の成立を認めるがその余の部分の成立は不知、その余の乙各号証の成立は不知と述べ、控訴代理人は、乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし第二十二号証を提出し、原審並びに当審証人二階堂茂、原審証人吉村参二、工藤よしを、当審証人小林丑太郎の各証言、原審並びに当審における被告(控訴人)本人尋問の結果を援用し、甲第五ないし第七号証の成立を認める、その余の甲各号証の成立は不知と述べた。

理由

原判決添附第一目録記載の土地(以下第一土地と略称する。)が被控訴人山岡泰一の所有に属すること、原判決添附第二目録記載の土地(以下土地と略称する。)が西野憲太郎の所有であつたところ、同人は昭和三十年四月二十九日死亡し、同人の妻である被控訴人西野のぶ、同人の子である被控訴人西野辰男、同西野重忠、同西野友子、同西野貞子においてその相続をなし、よつて右土地を所有していること、控訴人が右第一、第二の土地を昭和二十八年十月三十一日以前から引き続き耕作してこれを占有していることは、いずれも当事者間に争のないところである。

よつてまず本件土地に対する占有権原についての控訴人の主張について以下順次判断する。

控訴人は、まず本件土地の地上権者である埼玉県海軍統制工業統制組合又は株式会社海統鉄工所から賃借し、右賃借権に基いて占有している、と主張しているので、証拠を調べると、原審証人矢田部彦一の証言、同証言により真正に成立したと認める甲第一ないし第三号証を綜合すれば、株式会社海統鉄工所は、昭和二十年六月十五日被控訴人山岡泰一との間に本件第一土地につきその地上に工場を建築するための地上権設定契約を、ついで同年八月二十三日西野憲太郎との間に本件第二土地につきその地上に工員並びに職員寄宿舎を建築するための地上権設定契約を、それぞれ締結したこと、そして右地上権設定契約は、第一土地に関するものについては昭和二十四年三月三十一日、第二土地に関するものについては同年五月二十八日、いずれも関係当事者間において合意解除せられたことが認められる。しかしながら、埼玉県海軍統制工業統制組合がこれら地上権の権利者であることについては、乙第十八、第十九号証は設定者たる被控訴人山岡並びに西野憲太郎の押印を欠くをもつて、これら押印ある甲第一号証、第三号証と対比してその証明力は極めて弱く、その他当審証人小林丑太郎のようにこの点に言及した証言もあることはあるが、結局のところ、これを前掲各証拠とくらべ合せて、右事実を認めるに足る的確な証拠がないと判定せざるを得ないので、このことを前提とする控訴人の主張はすべて理由なしとして排斥する。ところで控訴人は、本件第一、第二の土地は現況農地であり、しかも右土地を農耕の目的に供することは、当初から右株式会社海統鉄工所を権利者とする前記地上権の目的中に包含されていたか少くとも包含さるべきものであるから、右地上権の合意解除は所轄県知事の許可なき以上無効である、と主張する。しかしながら、本件土地が耕作されるにいたつた事情は後段認定のとおりであつて、右地上権設定当時からたとい附随的にもせよ農耕が右地上権の目的の範囲内に包含されていたと認むべき証拠なく、また右地上権の目的は前認定のとおり工作物の所有を目的とするものであつたのであるから、竹木の所有を目的とする場合と異り、これが肥培管理ないし耕作が当然右目的の範囲内に包含されるものとなすわけはいかず、また控訴人が本件土地を開墾耕作するについては、戦後食糧難の時代いわゆる遊閑地としてなされたものであつて、地上権者たる株式会社海統鉄工所においてこれを黙認していたことは格別、地上権設定者たる控訴人山岡または西野憲太郎においてこれを承諾したことのないことは、原審証人矢田部彦一、鈴木正治、田中富士男の証言を綜合してこれをうかがい知ることができるので、本件地上権は控訴人の事実上の耕作によりその目的を変ずることのないものというべく、従つてこれが合意解除については、たといその当時控訴人の耕作により事実上農地となつていたとしても、ほんらい建築用地であつてこれが不知の間農地に変ぜられたのであるから、右につき所轄県知事の許可を要しないものというべく、控訴人は、地上権者から本件土地を農耕の目的で賃借し、賃借人としてこれを開墾耕作したのである。と主張し、地上権者がその目的土地を自ら使用することをなさず、他人に賃貸し、他人をしてこれを使用収益せしめることのできることは当然であるけれども、その使用収益は儼に地上権の目的の範囲に限られるのであつて、本件のように工作物の所有を目的とする地上権にあつては、これを耕作の目的のため賃貸することは地上権者のなし得ないところであるというべく、従つて仮に右賃貸の事実があるとしても、これがため控訴人の本件土地の開墾耕作を正当化する訳にはいかず、地上権設定者に対する関係においては依然として無断耕作であるというのほかなく、右認定に反する原審並びに当審証人二階堂茂当審証人小林丑太郎、原審証人工藤よしを、吉村参二の証言、及び原審並びに当審における控訴人(被告)本人の供述は前掲証人矢田部彦一らの証言に照して信用することができず、他に右認定を左右するに足る的確な証拠に存在しない。されば本件地上権の合意解除は有効であつて、仮に控訴人が地上権者たる株式会社海統鉄工所に対する関係において本件土地につき賃借権をもつていたとしても、これをもつて設定者たる被控訴人山岡並びに西野憲太郎に対抗することができないものというべく、右賃貸借を前提とする控訴人の占有権原の主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当たることを免れない。

次に控訴人は、昭和二十二年三月頃株式会社海統鉄工所と被控訴人山岡並びに西野憲太郎との間に新たに農耕を目的とする本件土地の賃貸借が成立し、控訴人は同会社から転借しているものである、と主張しているけれども、控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも右新賃貸借成立の事実を認めることができないので、控訴人の右主張は理由なしとして排斥する。

次に、控訴人は、株式会社海統鉄工所は、被控訴人らと昭和二十二年三月頃地上権設定契約の合意解除をすると共に、本件土地を控訴人に耕作せしめる第三者のためにする契約を締結した、と主張しているけれども、この点の証拠として控訴人の提出した乙第二十二号証は、仮に真正に成立したとしても、これだけで、控訴人主張の右第三者のためにする契約成立の事実を認めることができず、その他本件一切の証拠を調べても、右第三者のためにする契約の成立を認めるに足る証拠はないから、右契約を前提とする控訴人の占有権原の主張もまた排斥を免れない。

次に控訴人は、被控訴人山岡泰一並びに西野憲太郎との直接の賃貸借による占有権原を主張しているけれども、控訴人がかつて本件土地の賃料を何人にも支払つたことのないことは、当審における控訴人本人尋問の結果によつて明らかであり、その他本件一切の証拠によるも、右直接の賃貸借契約の成立したことを認めるに足る証拠はない。

本件における事実関係は、前掲甲第二号証、成立に争のない乙第三号証、同第四号証の一ないし四、同第五ないし第七号証、原審証人矢田部彦一、田中富士男、吉村参二、原審並びに当審証人二階堂茂の各証言、原審並びに当審における被告(控訴人)本人尋問の結果の一部(後記措信しない部分を除く)及びこれにより真正に成立したと認められる乙第十六号証を綜合すれば、「控訴人は、株式会社海統鉄工所に資材課長として雇われ、本件第一土地に隣接する同会社事務所に居住していたが、終戦後、当時の急迫した食糧事情の下に、右会社の黙認の下に本件土地の開懇に着手し、相当範囲を耕作するに至つた後は農業協同組合にも加入し、大麦甘藷等の供出をなし、昭和二十五年六月一日右会社から休職を命ぜられ、ついで解雇せられた後も引きつづき、本件土地の耕作に従事してきたが、右耕作については本件土地の所有者である被控訴人山岡泰一、その余の被控訴人ら先代西野憲太郎に対してはこれが承諾を求めることもしなかつたので、右所有者がその後右事実を知つて川口農業委員会に対し本件土地の取上についての調停を求めた場合も、右農業委員会においては、本件土地は小作地でないから、正式に引揚げるべきでなく、当事間で話し合つて解決すべきであるとの見解を明らかにしていた。」と認めるのがもつとも事実の真相に合致するものであつて、右認定に反する原審並びに当審における被告(控訴人)本人尋問の結果は信用せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上の事実関係から判断すれば、控訴人の本件土地の占有権原に関する前段の各主張がいずれも理由がないことが一層明らかであるであろう。

次に、控訴人の留置権の主張につき判断するに、控訴人が本件土地を開懇し肥培管理をなすについて多少の出捐をなしたことは事実であろうが、果して原判決添附計算書どおりの費用を支出したかどうかについてはこれを認めるに足る確証がないので、この点において既に留置権の主張は失当であるばかりでなく、前段認定の事実関係によれば、控訴人は、本件土地を耕作するにつき被控人らに対抗しうるべき権原を有しなかつたことが明らかであつて、控訴人の本件土地の耕作は被控訴人らの所有権を侵害する不法行為たることを免れない。従つて株式会社海統鉄工所が本件土地について地上権を有していた間でも、控訴人が、これを耕作のため占有することは、少くとも被控訴人らに対する関係においては不法行為に因つて始まつたものというべく、右占有につき同会社の明示または黙示の承諾を得ていたからといつて、被控訴人らに対する関係においても不法行為によつて始まつたものでないということはできない。従つてこの点からいつても控訴人の留置権の主張はこれを採用するに限りでない。

よつて、控訴人の本件土地占有権原に関する主張はすべてその理由がなく、控訴人は被控訴人らの所有権に基く本件土地明渡並びに地上の農作物収去の請求を拒むことができないものというべきである。

次に被控訴人らの控訴人に対する損害賠償の請求につき判断するに、控訴人が、何らの権原なく昭和二十八年十月三十一日以降本件土地を占有耕作していることは前段認定のとおりであるから、控訴人は本件土地に関する被控訴人らの所有権(第二土地については西野憲太郎死亡までは同人の所有権)を侵害しているものというべきであり、被控訴人らが本件土地の使用収益をなし得ないことによつて被る損害を賠償すべき義務あるものというべきである。しかして右損害の額が一坪につき一ケ年金二円の割合であることは当事者間に争がないから、控訴人は、第一土地について生ずる分は被控訴人山岡泰一に、第二土地について生ずる部分は、法定の相続分に従いその三分の一を被控訴人西野のぶに、その六分の一ずつを被控訴人西野辰男、西野重忠、西野友子、西野貞子に支払うべき義務があることは明らかである。

よつて被控訴人らの本訴請求を右の限度において認容した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し、仮執行免脱の宣言については同法第百九十六条第二項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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